●翻訳者紹介 エミリ・バリストレーリ 翻訳者。主な翻訳作品に「The Night is Short, Walk on Girl」(「夜は短し歩けよ乙女」森見登美彦著)「Soul Lanterns」(「光のうつしえ」朽木祥著)、「Kiki's Delivery Service」(「魔女の宅急便」角野栄子著)、「The Refugees' Daughter」(市川拓司著)などがある。
江戸時代の日本の各地(江戸、越後・佐渡、蝦夷[えぞ]、京都、土佐、琉球、富士、秋田、長崎、伊勢、山陽道、大坂[今は勿論「大阪」ですが、江戸時代にはおおむね「大坂」と表記]) の様子が精緻な絵で描かれており、簡単な説明も付いています。ただし、登場するのはすべて、擬人化された猫たちです。それぞれの地域に特徴的な建物、道具、衣装、乗り物、行事などは、絵の中でそれぞれに付けられた番号に対応する形で、巻末で説明されています。私は専門家ではありませんので、本文や巻末の記述がすべて正しいと断言することはできませんが、歴史に関心を持っている私が読んだかぎりでは、特に不審に感じた点はありませんでした。 絵はとてもすてきですし、江戸時代の歴史の勉強にもなります。歴史に関心をお持ちの方や、猫がお好きな方には、おすすめしたいと思います。 すべての記述に付けられている英訳も、平明でわかりやすく、時には文学的な表現もさりげなく入れてあるなどの工夫も見られますから、いい訳であると申し上げるのにやぶさかではありません。ただ、私は英語が得意なわけではありませんが、次のような点は気になりましたので、ここであえて指摘させていただきます。 ○蝦夷 弥生 3(March) 海が青白く輝いて見えるほどの、ニシンの大群。 A school of herring so huge it makes the water sparkle silver. 普通の英語では、A school of herring is so huge that it makes the water sparkle silver. となるところです。会話でしたらここの英訳でもいいのかもしれませんが、文章の英訳としては砕きすぎでしょう。 ○土佐 皐月 5(May) [かつお節が]途中でカビてしまわないよう、改良をくり返し、... The tricks for making sure the bonito didn’t grow mold on the way were improved over time; ... over timeは「時を超えて」という意味で使ったのかもしれませんが、普通の意味はやはり、「所定の時間をオーバーして」ですから、ここではどうかなと思います。 ○伊勢 神無月 10(October) 自由に藩外へ移動できなかった時代の、... In the era where people couldn’t leave the domain where they lived so easily, ... 巻末の用語解説の「7 富士」 登山期以外は、... During seasons where no climbing took place, ... 先行詞が時を表わす語であっても、whereを使う用法もあるのかもしれません(ただし、私が見た手元の複数の辞書には出ていませんでした)が、やはりwhenを使うのが妥当ではないかなと思います。 それからもう1つ。「富士 文月 7(July)」 の箇所で、「胎内(たいない)めぐり」が the lava tree mold pilgrimage と英訳されていました。なぜこのような訳になるのかさっぱりわからず、ネットで lava tree mold を検索して合点が行きました。ですが、巻末の説明では、「噴火の溶岩でできた洞窟をくぐり抜け、身を清める(と、この文の英訳)」としか書かれておらず、これでは全く足りません。 けれども、以上のような点は些細なことで、星を減点するほどでは全然ありませんので、星は5つです。